2025年12月の初めに札幌・すすきのの駄菓子屋、藤川菓子店の久家亮一さんから閉店の挨拶がSMSに送られてきた。

この日は12月9日。前日8日はアサド旧政権崩壊から1年目の「解放記念日」。
翌日のこの日もシリア解放記念日の余韻が国内随所に残っていた。
その頃の自分はシリアのダマスカスに居て、偶然スマートフォンのローミングをONにしていた時にSMSを受信した。
その場で返信しても良かったけど、海外から送信する高額なSMS代を惜しんで(帰国日も近かった)、日本に帰ってから連絡することにして、シリアに滞在している事も言わないままにしていた。

なんでその時シリアに居たのか、滞在していた時の話はまた別の機会に置いといて・・・。
久家さんと自分は初めて出会ってもう10年近く経つ。
別に駄菓子の業界を通じて知り合ったわけでもないし、すすきのの中で出会ったわけでもない。知り合ったその日から知り合いになっていた感じ。
お店の存在も出会って随分後になって知った事で、久家さんの駄菓子屋が「札幌最古の駄菓子屋」と謳われ、時々テレビやWEBメディアに取り上げられている事もまた、後になって知った。

確か2023年の8月、まだ世の中が新型コロナウイルスによる「自粛」に縛られていた頃のある日。
自分はちょうど札幌駅の付近にいて、時間を持て余していたので「久家さんの駄菓子屋」に行ってみる事にした。
この日は偶然カメラを携行していて、テレビ塔を経由してすすきのまで歩いて行ったことは覚えている。

お店には自分が知っている久家さんではなく、親父さんの方の久家さんがいた。
この時既に93歳。たしかこの時が初見だったので、「息子の方の久家さん」を訪ねてきたことを伝え、しばらく他愛のない会話をしている内に樺太の引き揚げ船の話をしてくれた。
(後日、増毛町の道の駅を訪れた際に付近で記念碑を見つけ、話がつながった。)

その日に撮った写真は藤川菓子店のWEBサイトに使用している。
ただし、最初からWEBサイト製作を前提に撮影を行ったものではなく、この時偶然カメラを持っていたから撮らせてもらったと言う感じ。
そう、藤川菓子店のWEBサイトを製作したのは自分です。
別に生業がWEBデザイナーではないけど、久しぶりにサイト制作をやりたくなった時で慣らし運転のつもりで息子の方の久家さんにお願いし、自由に作らせてもらいました。
「自由に」とは言っても本来のお店のイメージがあるし、ウェブサイト公開後の維持管理の面を考えると情報更新が必要な設計には出来ません。

ただし、「札幌最古の駄菓子屋」と言う巷で確固たる地位があり、90代でもなお生涯現役を貫く看板おやじの久家さんが居る。

こう言ったポイントを押さえて制作したのが「藤川菓子店」のWEBサイトだったのです。
最初の紹介文にある「本当かどうか分かりませんが、」と言うのは謙遜ではなく、WEBサイト開設に当たって「札幌最古の駄菓子屋」の真偽を調べておらず本当に分からないから。
当の久家さん親子もその事をお店の看板にしている訳ではなかったし。
皆さんがそう仰っているので、きっとそうだ!知らんけど。
・・・と言う実にゆるい話です。
“ezo1-fujikawa”と言うドメインは久家さんがもともと営んでいた「珍味の蝦夷一」と言う屋号と「藤川菓子店」を掛け合わせたもので、これも自由にアイデアを出させてもらい取得しました。
そう言えば、肝心の「公開日」をいつにするかと言う事も何も決まっていなかったのですが、2024年が閏年で「じゃあ2月29日にしよう!」と言う事にして公開されました。
(この記事を製作していて思い出しました。)
こうして開設されたWEBサイトを通じて、とにかく藤川菓子店が一番伝えないといけない情報は「お店でのお支払いは現金のみ」であると言う事。
それ以後にはいずれお店でお客さんに聞かれそうな「お店で取り扱いのない事」を羅列し、オチは極めつけに「当然お店にfreeWi-Fiはありません。」。
当然です。当然。
久家さんに「あるわけねーだろ!」って当時笑いながら言われました。当然。
今見返しても、「ない」事ばっかりしか書かれてない。
言ってしまえば、このウェブサイトは言葉選びも含めてすべてがテキトウで、管理の面でもアクセス解析やWEBマーケティング的な事も一切やらずに居たわけです。
お店が続く限りずっと放置したまま生かしていく、作り置きタイプのWEBサイトでした。
しかし、とうとう「閉店の挨拶」を頂き、その時が来てしまいました。
久家さん的には1月いっぱいでひっそりお店を閉店する運び。
WEBサイトは別に「このまますぐに削除してもいいよ」的な感じでしたが、せっかくなので「誰が見るか分からないけど、ひっそりと閉店の挨拶だけ書いておきますね。」と、淡々と閉店の事実に伝える形で初めてWEBサイトを更新。
更新した事を拡散や周知はせずに居ましたが、やはり今の時代はすごい。
いつの間にやら各種メディアやSNSで発見されてしまい、12月末~2026年1月初め頃には知れ渡っていたようです。

実は藤川菓子店公式WEBサイトは台湾語ページも制作・公開していて、日本語版の文言を全て自分と久家さんの共通の知人を介して台湾大学の学生さんに翻訳してもらっていたのです。
(現在は公開終了しています。)
ある日久家さんに「なんか最近さ~、うちの店をちょっと覗いて行く外国人の人増えた気がするよ~。」とニコニコしながら言われたことがあります。
実際に台湾からWEBサイトへアクセスされた形跡もありました。
このように、何もかもがゆる~い経緯で立ち上がった割には変な部分だけ妙に凝っていて、それでいてすすきの市場の「藤川菓子店」の実店舗の雰囲気から外れないように努めたWEBサイトでした。

このような機会を頂いた久家さんには感謝しています。
閉店までもう少し、歴史ある駄菓子屋の最後を陰で見守りたいと思います。
長い間お疲れさまでした。
藤川菓子店は1月31日に閉店しますが、お店のWEBサイトは2月中に閉鎖予定です。閉鎖日などの予告は行いません。
どうぞよしなに。